
1ヶ月前のニュースになってしまったが、ノキアの高級携帯「Vertu」の撤退が決定した。これによりノキアは完全に日本市場から撤退することとなった。世界王者がガラケー市場に果敢に挑戦した結果返り討ちにされたノキア本体の戦略にも興味があるが、今回はVertuに絞り考えてみたい。
Vertuとは
Wikipediaによると
VERTU(ヴァーチュ)は、イギリスのNOKIA傘下の企業が展開する高級携帯電話ブランドである。職人によるハンドメイドの携帯端末で、富裕層がターゲットということもあり、1台あたり数十万から数百万と非常に高価である。端末は貴金属、高性能金属、サファイアクリスタル、宝石、貴石、天然革などを使って作られており、端末によっては職人、ひとりひとりの刻印もされている。そのほかの特徴として、「コンシェルジュサービス」といわれるサービスがあり、レストランや航空券、クラシックコンサート等の予約や、それらの情報提供を受けとることができる。2009年2月より 日本でも銀座の旗艦店や日本橋三越で販売か開始され、NTTドコモの回線を利用したMVNOでのコンシェルジュサービス (Vertu CLUB) が2009年9月より開始された。
またローンチ当時のYahoo!ニュースによれば
日本でも発売される「Signature(シグネチャー)」モデルは、2000度の溶鉱炉で2週間以上かけて精製したサファイヤクリスタルをディスプレイに使用。また18Kゴールドを使用した本体には、貴金属の品位を証明するスイス・アッセイ・オフィスの認証刻印が施されている。電子機器として初の付与だという。また、着信音やアラートは、アカデミー音楽賞を受賞した有名作曲家マリオ・ダイネッリがVERTUのために作ったものだという。演奏はロンドン交響楽団、フルートのソロパートは、世界的なフルート奏者アンドレア・グリミネッリが演奏するという徹底ぶりだ。「シグネチャー」モデルはステンレススチール、イエローゴールド、ホワイトゴールド、プラチナの4タイプの展開で、販売価格は121~370万円になる予定。プラチナモデルの価格は未定となっている。日本では、「シグネチャー」のほかに、カメラを搭載し、スポーツカーのエンジンに使われるチタンを端末本体に使った「Ascent Ti(アセント・ティー・アイ)」が発売される。こちらの販売価格は67~110万円となる予定だ。同社はこれらの携帯電話端末について、「世界の携帯電話保有台数が数十億に上るなか、Vertuがターゲットとするのは高級品嗜好を持つユーザーです」と「富裕層向け」商品であることを前面に出す。一部では年収5000万円以上の男性がメインターゲットになるとの報道もある
つまり、超高額所得者を狙った贅沢極まりない携帯電話である。発売当初はその並外れた価格によってマスメディアの注目も集め、それなりに売れたようだ。もともとは海外で超セレブ向けにつくられていた携帯電話であり、富豪の方々には認知されていたようだが、日本ではわずか2年で撤退することになってしまった。その原因はなんだったのであろうか。
失敗の原因(1):ターゲッティング
真相は定かではないが、仮に年収5000万以上の高額所得者がターゲットとする。2009年の国税庁の調査によると、年収が2500万円を超える日本人はわずか0.4%で9.7万人だそうだ。この調査の最高額が2500万なので、5000万円以上となると、おそらく5万人未満であろう。つまり、かなりニッチな人々を狙ったサービスである。
ではそのターゲットはどのような人たちなのだろうか。このクラスになると、一流トップ企業の役員クラスか個人事業主、投資家であろう。Vertuの最大の特徴として、各種予約等をサポートする「コンシェルジュサービス」があるが、まずこのターゲット層にとってこのサービスはほとんど必要ないと思われる。このクラスになれば秘書や身の回りの世話をしてくれる人はいくらでもいるだろうから、わざわざ電話で頼むまでもないはずだ。全員がそうとは思わないが、このニッチなターゲット層の中において、ビジネスが成り立つほどこのサービスに共感してくれるだろうターゲットはどれくらいいるのだろうか。
この5000万円という数字は、世界的なVertuのターゲットと推測できる。世界的に経済的格差が広がるなかで、このブランドはほんの一握りの人を狙って成功しているのだろう。ただ、日本でもこのターゲッティングでよかったのかというのには疑問が残る。少し古いデータになるが、2006年の朝日新聞の記事によると、100万ドル以上の資産を持つ富裕層がアジアに240万人以上おり、その60%は日本にいる。ただし、1人当たりの平均保有資産を比べると日本は下から2番目だそうだ。つまり、ずば抜けたお金持ちが少ない、「お金持ちの数は多いが小粒」というのが日本における富裕層の特徴だ。ロシアの富豪のようにフットボールチームを買い取ったり、中東の石油王のように自分の名前を広大な土地に刻んだり出来るような人は、ほとんど存在しないのかもしれない。お金が有り余っている人にとって、Vertuのようなブランドは良いかもしれないが、それ意外の人にとってその価値を見いだせるのだろうか。
お金を持っている人たちの消費行動も、日本の場合特殊なのかもしれない。「新・日本のお金持ち研究」という書籍によると、“そもそも富裕層は商品にこだわるものの、選択に時間はかけない。いつもの店でいつもの店員からいつもの決まったブランドを購入する。高級ブランド品を売りたいなら、そのターゲットをちょっと背伸びした中流階級向けに販売戦略を練るのが懸命である。本物の富裕層の趣味は投資・資産運用である。”とのことだ。良いモノ・価値のあるモノであれば多少のお金を払っても迷わず手に入れるが、最大の興味はお金を増やすことに向けられている。本物の富裕層は、ムダ使いというはほとんどせず、そのお金を投資に回すのであろう。この傾向は勤勉な日本人の場合、さらに強い気がする。とある本に、外国人の場合定年後は裕福な時間を堪能して往生する際にお金はほとんど残らないが、日本人は死ぬ直前が最も金持ちであると書かれているのを読んだ。稼いでも稼いでも満足できないのが、日本人の富裕層の特徴なのではないか。
このようなターゲットの読み違いが失敗の一要因であっただろう。
失敗の原因(2):コミュニケーション戦略
Vertuの日本法人の代表がローンチ当時日経BPのインタビューにこう答えている。
VERTUのような高付加価値型のブランドは、派手な広告展開をするよりは口コミがうまくまわる仕組みをつくったほうが効果が高い、ということです。仮にVERTUの広告を出したとしましょう。では、その広告を見て購入に向かう人はどれくらい存在するでしょうか? 恐らく数%もあれば御の字だと思います。
これも戦略として違和感を感じる。確かに口コミはVertuのようなブランドでは有効な手段かもしれない。特に西欧のような階級社会が現在でも根深く残っている場合は、社交界などがあるだろうから口コミは非常に効果的だと思われる。一方日本の場合、このような会合は欧米に比べると少ないだろう。
また、日本人はブランドに対する考え方が世界的にみても独特だ。これはヴィトンにしてもプラダにしても、持っていることで自分のステータスを高められる、つまり「所有するあこがれ」が日本の場合強く作用している。ブランドとしてこのような気持ちを持ってもらうためには、ブランドの価値を多くの人に理解してもらわなければならない。つまり、多くの人がヴィトンのバックの価値を知っているからこそ、所有している人にたいして憧れを持ち、所有している人は優越感を得られる。Vertuの場合、例え富裕層にのみ口コミで広まったとしても、庶民層にまったく認知されなければブランドの価値が見合わないと判断される可能性が大きい。この当たりも失敗の要因となっているはずだ。
失敗の原因(3):製品戦略
先述のインタビューには、下記のような記事もあった。
確かにVERTU端末は、一般の常識からすれば高価でしょう。しかしこれも考えようです。VERTUで一番リーズナブルな端末は67万円。それくらいの値段の腕時計をしている若い人もけっこういらっしゃいますよね。VERTUに関しては「600万円の携帯電話」という言葉が独り歩きしている感もあり、それゆえにある種の敷居の高さを感じる方も多いと思います。
しかしVERTU Clubのバリューなども含めてトータルに見れば、少なくとも30代以上のビジネスパーソンであれば決して手の届かないものでもないのです。私はそこにひとつの商機を見出しております。その意味でVERTU Clubは新規ユーザー獲得のフックとなるものですから、目下大急ぎでサービス開始に向けた準備をしています。
おそらくこれも随分お門違いな見解だ。確かに高級時計にはそれだけの価値があるかもしれない。ただし高級時計の価値は、長く使えるという製品価値と、いざという時に換金率が高いという資産価値であろう。一方で、高級携帯電話の価値はなんだろうか。携帯電話は日進月歩で進化しており、半年前に買った携帯電話も、翌年には古い機種になっている。つまりプロダクトサイクルが短い。それなのにメールと通話ぐらいしか機能がない高級携帯のプロダクトとしての価値は、装飾部分を除けばほぼないに等しいのではないか。コンシェルジュサービスやブランドとしての価値でカバーできればなんとかなったかもしれないが、この価格であれば中身も最先端でなければ話にならないだろう。
また、富裕層はトレンドや流行に敏感な人たちが実際多い。富裕層マーケティング専門のアブラハムの最新の調査によれば、富裕層の50%はスマートフォンユーザーであり、スマートフォンへの買い替え意向のない人はわずか7%しかいないそうだ。今年に入ってからのスマートフォン所有率が20%程度であるから、調査自体は昨年末ということを考慮すると、この50%という数字は相当高い。つまり、お金を持っているからこの手の最新テクノロジーに無頓着な人はいないのだ。
失敗の原因(4):外的環境の変化
撤退のタイミングを考えるに、3月の大震災の影響は予想以上に深刻だったのではないだろうか。高級ラグジュアリブランドにとって、震災の影響は計り知れないほど大きい。一般的な商材に比べ高額商材は完全な消費回復まで時間はまだかかるだろう。特に消費マインドの面で打撃が多く、震災直後の解約等も多かったのかもしれない。
著者は、仕事がら銀座の旗艦店の前をよく通ることがあったが、一度も顧客が来店しているのを見たことがなかった。強気な市場導入の結果は散々なものであったが、少し考えただけでも上記のような理由が想定され、そこから学べることは大きい。
ほんの数年前までノキアは携帯電話では敵なしの存在であったが、現在のスマートフォン潮流に押され窮地に立たされていると聞く。ここから判断するに、ノキアという会社全体の戦略の甘さが、Vertu想起撤退の根源だったのかもしれない。
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